Egg Man 第 II 章 “Messege from Phoenix”

もうすぐ!いよいよHippie Festへ出発です!

で。これは出発前のプロローグです。
なにせ、ここはグランドファンク・マニアック。
さあ、人生最大のイベントとなるであろう旅に出発するぞ!と宣言したとたんに、またしても暴走機関車の線路の上は、次々と凄まじい“出会い” と “奇蹟”が起こり始めまして、これはもう、先に読んでおいてもらえば、きっと読んでくださった皆さんからの“念波”も集まってくれるカモしれない、忘れたくないんで書き留めておきたい、皆さんと共有していたい、といういろんな気持ちもありまして。お暇な方、是非読んでおいてください。(笑)
帰国後のライヴレポート(最新のマークファーナー情報!)が、たぶん10倍楽しく読めるハズです。(笑)

 

【 TIMチョ& 宴ROCKS 】

Hippie Fest へ向かう数日前の出来事です。
いつも当サイトを応援してくださる厚見玲衣さんと、日本最高のハードロックベーシスト・鳴瀬善博さんのお二人が、ハードロックベースの最高峰、“全盛期の”ティムボガートを再現すべく結成された「TIMチョ&宴ROCKS」が、あんまりにも素晴らしいんで、ボクはズーズーしくも関西ツアーについて行っちゃったんです。
翌週にはアメリカ行きだっていうのに。(笑)

http://www.naruchops.com/pc/etc.html

ほいで、またしても本物のハードロックの素晴らしさを、腹筋が痛くなるくらいタラフク喰らって(食べ過ぎと笑い過ぎもアリ)
「ようし。これでアメリカ行きのエナジーチャージばっちり!」なんて意気込んだワケです。

ハタと我に返ってみれば、ベースばっかり弾いていた高校生の頃にいちばんライヴを見まくったベーシストは正に鳴瀬善博さんだったので、その鳴瀬さんや厚見さんや北島健二さんと御一緒させてもらえてること自体、すでにトンデモナイ奇蹟なのです。
あ。ちなみに当時ボクが夢中になった鳴瀬さんは、「日本のティムボガート」と称されていました。もちろんチョッパー(←スラップとは言わない)を炸裂させて「日本のラリーグラハム」にもなってましたけど、ボクの中では永遠にティムボガート。(笑)
なにせボクは当時からハードロック・べースの相当なオタクでしたから。(今もだけど。)
あの頃のボクに「お前の未来でナルチョさんと会えるんだぞ」って言っても全く信じられないだろーし、
「しかも、ナルチョさんが還暦を迎えてティムボガートに原点回帰されて、ハードロック・ディストーションベーシスト、“ティムチョ”となってくださって会えるんだぞ。」って言っても、日本中のベーシストが誰も信じないでしょうね。(笑)
で。
その鳴瀬さんが。
史上最強のカクタス・トリビュートバンド(ってボクは勝手に呼んでます)の“TIMチョ&宴ROCKS”で、ボクがGFRの次に好きなアメリカンハードロックのカクタスを爆音で炸裂させてくれるのですから、ボクにとっては、なんと贅沢な夢の実現なのでしょう。
カクタスは見れなかったけれど、本物のカクタスより凄い、まんまカクタス。(笑)
まだ見てない方は必見です!

 

と、なぁんだ、冒頭から鳴瀬さんライヴ宣伝かよ。と思った貴方。
ムフ。ここはグランドファンク・マニアックですよ。
更なる怒涛の奇蹟はこの爆音ベースに導かれ始まるのです。


ティムボガートと化した鳴瀬さんとの出会いのエピソードだけでも、ボクの人生には物凄いミラクルなんだけどね!

 

【 Real Good Friend “Phoenix” Mako 】

その「TIMチョ&宴ROCKS」 の関西ツアーというのが、京都〜神戸〜広島と巡る計画でしたので、ボクはしばらく会えないでいた京都在住のGFRファン友達に久しぶりに会いたいな。と、連絡を取り合いました。

で。会えて。
丑の日だったんで一緒にウナギ食ったりして。

その友達は長く入院されていたんだけど、「退院しました。元気です。」って連絡くれていたので、まあボクはどれほどの闘病生活だったのか知る由もなく、再会を喜び、元気そうな姿を喜んでいたら。なんと。大変な大病だったそうで、「ほんとうに死にかけて、大手術が成功して奇蹟的に生還した。」との事。

そうとは知らずに、能天気な暴走機関士は、「元気?一緒にGFR演奏したいね!またベース弾いてよ。」とか、「こんどアメリカにマークファーナー見にいくよ!」とか、時々メールを送っていたのですが、彼女の方は生死の淵を彷徨っていたんだそう。(まじ恥ずかしい!)
ところがいっつも、彼女がいちばん凹んでいるタイミングで、その能天気なメールが届いたんだそうで「おかげで元気もらった」って、もう涙をポロポロこぼしながらおっしゃってくださる。
ウナギ食べながらなんだけど。(最高に美味しかった!)

で。お互いの近況とか交換して、もうすぐアメリカにマークファーナーのライヴを見に行くという話をさせてもらったんだけど、彼女が言うワケ。
「マークファーナーに会えたら、あなたの大ファンが生死の境から、あなたの音楽に勇気をもらって生還したって伝えてください。」って。

で。ここで、ボクは困っちゃうワケですよ。
だってボクはマークファーナーとお会いしたことはあるけれど、それは友人を介して紹介してもらえたからであって、アメリカにコンサートを見に行ったら会えるってモンじゃないでしょ。
ほいじゃ日本に住んでいたら鳴瀬善博さんやVOWWOWのメンバーに会えるのかっていうと。。。ねえ。。。

って、アレ?

ボクは会えたぞ。

そーなんです。気付かれましたね。ムフ。

京都に出発するホンの二日前、一本の突然電話がかかって来たのです。
電話の相手は、ボクをマークファーナーに会わせてくださったその友人。(驚!) 
震災後に互いの安否を確認したきりだったので、ほんとうに久しぶりに。

「エーちゃん、今ドコ? ボクは先にアメリカに行ってるからねー。」
「え。え。え。もしかして、Hippie Fest を見に行くんですか?」
「ナニ言ってるの? エーちゃんが言ったんだよ。“Hippie Fest で会いましょう!” って。」

あちゃー!タシカニ。
書きましたね。ワタシ。(爆)

テコトワ!もももももしかして。。。。もしかしたら、
またマークファーナー尊師にお会いできるカモ〜。(はい。いつもの妄想爆発です!)

などと電話を切ったあと、放心状態でしばし立ちすくんだのですが、
まあ、冷静になって考えれば、日本みたいに携帯電話がサクサクつながるんだろーかとか、広い会場でちゃんと会えるだろーかとか、そんな夢みたいな話がトントン拍子でうまいこといかないのが普通だろ。とか、うろたえる自分に言い聞かせまして、「タラレバで、もしもそんな夢みたいな事がまた現実になったら、素敵だなぁ。。。」と、旅の楽しみがひとつ増えたくらいに思っておくことにしました。(だって寝られなくなっちゃうからね)
おっと、逸れた。(笑)

で。そーゆー事トナルト。ひとつの奇蹟は約束される事になります。

死の淵から生還した彼女が、病床でマークファーナー尊師に伝えたいと願い、ボクがお預かりすることになったメッセージ。それだけは確実に届けることができるからです。
たとえボクが直接お会いできなくても、ボクの友人は、必ず、それを伝えてくださるハズです。

“Magic Markie” マークファーナー。
集中治療室のベッドの上で、彼女が願い、信じ続けた“奇蹟”は実現します。

それはまるで、22年前に指を失いかけてギターが弾けなくなったボクが、マークファーナーのメッセージを信じることで完治し、その御礼がどうしても伝えたいと願い続けたことで、その後のボクの人生で起こり続ける“奇蹟”が始まったという、かつての自分と同じように思えました。

そしてボクは気付かされました。

なーんだ。ボクはこのために、京都に来ることになったんだ。と。

ボクはこのサイト上で、いつも「次は貴方の番です。信じ続けてください。」 って、ずっと言い続けてきたのですが、
そんな能天気なボクのメッセージを、死んぢゃいそーなのに微塵も疑わず(笑)、完全に信じきってくださった彼女だからこそ、ほんとうに“奇蹟”が訪れることが約束されたのです。
で、言いだしっぺのボクは、少しだけそれをお手伝いさせてもらう役回りになったワケです。(笑)
ハードロックの神様がね、オマエにはその責任がアルと言わんばかりに。(笑)

尊敬する鳴瀬さん、厚見さんが、「京都行こうよ」って誘ってくださって、ライヴ会場のすぐ近所に住んでいる友達と久しぶりに再会できた。
そのホンの2日前に大親友からの電話があって、いろんな方々がモタラしてくれた個々の素敵なエピソードが輪を描いてつながっていって、気付いたらボクは彼女の「願い」を預かることになっていて、それを伝えるために、アメリカに向かうことになってたワケです。

正に、I am a MESSENGER! (←うまっ)

ボクが Hippie Fest に行くことになったエピソードは、すでに“EggMan の奇蹟”で語り尽くしたつもりでいたけれど、それらはボク個人のエピソードでした。
こうして出発前にボクの周りに次々と登場してくださった素敵な方々のおかげで、“奇蹟” の輪は、更にどんどん膨らんでいたワケです。

【 Real My Brother Sohn 】

考えてみたら、この旅にはいくつもの序章があって、( “EggManの奇蹟”ご参照 ) 大きなキッカケとなったマークファーナーのサイン葉書“God Bless” を届けてくれたのも、その、アメリカでボクを待っていてくれる友人でした。

まだこのサイトGrand Funk Maniac が無かった頃。。。まだボクが、こんなにもたくさんのGFRマニア(ハードロック・ファン)の友達に出会えてなかった頃。
ボクは彼と偶然に出会うことができました。
誰も居ない無人島だと思ったら、トンデモナイGFR狂の暴走機関士が日本に居た!みたいな。(笑)
今になって思えば、ボク達2人の出会いが全ての始まりだったようにも思います。
インターネットの無い時代に、GFRの資料も情報も何も無い時代にボク達は出会い、互いに交換しあったわずかな情報こそが、このサイトをスタートさせる“礎”となったのでした。
そして御存知のトーリ。そこから数々の“奇蹟”が起こり始めたのです。

その彼と、再び。
約束の場所、Hippie Fest で。

ねえ。出来すぎでしょう。(笑)

絶対に、居るんですよ。
ハードロックの神様が、この素敵な脚本を雨上がりの虹の上で書いて、笑ってるとしか思えないんです。

ボクにとっての“原点回帰”となるこの旅は、“God Bless” のメッセージに始まり、全てが終わってしまったように感じた大震災を経て、これまでのボクの人生で最も大切な方々が次々に登場してくださって、ボクをタイムマシンに蹴り込んでくださって始まったのですが、まさか、ここで最初に無人島で出会った彼までもが登場してくれて、「Hippie Fest で会おう!」だなんて!!!!

もうね。

断言しちゃいますよ。

「信じれば、奇蹟はちゃんと起こります。」

そういえば、出会った当時の彼が住んでいたのは京都でした。
当時はメールの無い時代でしたので、お互いにGFRの話がしたくて仕事の合間に東京と京都を訪問しあう遠距離恋愛(?)だったワケです。
しかも夜中に車をブッ飛ばして会いに行くという。若かった〜(笑)
そしてロサンゼルスでボクを待ってくれているマークパワーさんと日本を旅して廻ったときに訪れた思い出の場所も京都でした。
原点回帰の旅に向かう前に、京都を訪れたのもまた偶然とは思えない“縁”を感じます。
今回ボクがこうして京都を訪れるキッカケを与えてくださった、“TIMチョ&宴ROCKS” もまた、尊敬する鳴瀬善博さんがハードロックに “原点回帰” されたバンドです。
その圧倒的な音楽のエネルギーに引き寄せられ、のこのこと京都に来てみたら、大病から生還した友達の家はライヴ会場のすぐ近所だし。
いろんな方々の、それぞれの “Railroad ” が、京都という磁場で交錯したように感じながら、その強烈な“原点回帰”へのエネルギーを抱えて、ボクは Hippie Fest へと向かう事になったワケです。

長いエピローグやな〜。
出発前にこんなにもいろんな事が起こるって思わなかった。。。(笑)

ま。「そんなのブログに書けよ。」っていうような、ひとつひとつは他愛も無い偶然なんですけどね。
ボクね、ブログ、してないんで。(笑)

あ!自分で書いてて気付いた!
信じれば!!!!って!

もももももしかしたら!!!!! うひょ〜、寝られなくなる!

たぶんね、大爆笑のズッコケなオチが待ってる予感もアリ。(笑)
おもしろくなければ、暴走機関車じゃないですからね!
ボク自身も、まったくどうなるか予測不能の“奇蹟” を求めて、いざ Hippie Fest へ。。。

無事に帰国したら、続きを書きます。それまで、どうぞお願いします!

一緒に念じていてくださいっ!(笑)

Talk to you later, Your brother Eiji

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