Melは,他にも、色んなBassを所持していて、御覧になった方々もいらっしゃるでしょうが、私がこれまでに目にした、数少ない資料を頼りに、Melが使用したBassの数々についてまとめてみました。 但し、そのうちの何本かは、ひょっとすると、リフィニッシュしたり、改造したりして、使い回しているかもしれませんから、最低で8本、最高で12本、と理解しておいてください。 さて、O期はさらに、'68〜'72のJazz Bass
Trio期と、'72〜'75のPopular
Quartet期の2時期に分けられます。 これは、当時のマネージャー・テリーナイトとの裁判の敗訴で、機材を差し押さえられた為に、DonもMarkも使用楽器を変更せざるをえなかったことが最大の要因でしょう。 また、Cragの加入によるサウンドの変化や、ビジュアルの一新も考えてのことと思われます。 単純に外見で判別すると、4つの形態があります。使用年順に挙げていきましょう。
1 Atlanta International Pop Festival '69 出演時のJazz Bass CBS Logo, White Block Position, White Binding Neck,
Sunburst Color, Pickup Fence,
2 Most Famous One !! 1、の仕様のFront P.U.をGibson EB-3
Humbukerに換えたもの。
3 Phoenix Tour 時のJazz Bass 1、の仕様からPickup FenceとBridge
Coverをはずしたもの。
4 Phoenix Tour時から、それ以降のJazz Bass '69〜'73あたりのBlackieで、CBS Logo, Maple Black
Binding Neck, Black Block Position, No P.U. Fence,
No Bridge Cover, Black Color,という仕様。 左の写真のほかに『VH-1 Behind The Music Presents
Document Of Grand
FunkRailroad』でも、この仕様のJazz
BassをかかえたMelの写真がちらっと 映ります。
この4形態のJazz
Bass、4は除くとして、他の3本にどんなドラマが隠されているのか? 『'70年に手に入れたんだ。まず弦をはずし、ルーターを手に取った。スゲェドキドキしたよ。そして新品のBassを削り出し、(クックッ)Gibson
Humbuckerを取り付けた。』 さて、このお言葉が正確であれば、1は明らかに2とは別物であり、2はその後('70)に購入したものを改造したものということになる。 それでは、3と1はどうでしょう?、同一のモノであるとする確たる証拠は、古い映像、写真であるために、得ることはできません。 さらに言えば、2を3の状態に戻した可能性は? 果たして、Melは今も、2をモニュメントとして所有しているのか? 誰か分かったら教えて!! Cragの加入による、Melのプレイスタイルの変化も見逃せない時期です。
5 '64 Fender PRECISION Bass これは、『We're An American
Band』のプロモーション・ビデオでのみ確認されます。 如何ですか?皆さん?どなたか詳しくお分かりの方は、是非お教えください。
ChangのWEST Grande Thank you Mr. Jeff Schulz !! Thank you very much !! WEST のサイトをチェックしたところ、『ベース用にはJBL
D-140 Fを採用していた』とありました。 Special thanks! CRAIG BROWN
from Pickering Ontario CANADA.
- 『HEATHKIT FUZZ PEDAL』- Thank you James A Maggio !! 『This is the early Mel's sound !!』 『PARANOID』!!
- WEST Plate - 海外のオークションサイトを何気なく覗いていたら、見つけちゃいました。 - Special Thanks! KIRK YANO
from N.Y.C. -
ミントコンディションのBassmanアンプ。 もちろんベースをつないでも最高。 それにしてもキレイなBassmanです。 ≪ eiji談。主観入り(爆)≫
WESTのかわりとして重宝されてきたベースアンプです。 Melが1996年の再結成時に Peavey
を使っていることから導入されました。
最近はお邪魔しておりませんが、凄いことになっていたんですね。
大別すると、Mel在籍時の'68〜'75までに8本、'96再結成以降に4本の、計12本が確認されています。
(ここからは、前者をOriginal・GFR期=O期とし、後者をReunion・GFR期=R期とします。)
それらが、Gibsonとのエンドースメントにつながっていきます。
(Jazz Bass Trio期)
(ちなみに、この時紹介されたバンド名は、Grand Funk RailWay!!)
Large F Bridge Cover,
のいわゆる、吊るしものをそのまま使っています。
その後の『PlayBoy TV -After
Dark』でもまだ、この仕様で演奏しています。(口パクですが。)
Like a 『Diesel Exhaust Sound !!』
『Mid Summer Rock Festival』 June 13 '70 Cincinnati
OH,や『Get Down Grand Funk』の映像でも見られます。
『IN CONCERT』at Madison Square Garden Dec.23 '72のいわゆる『ABC Concert』で映像が見られます。
唯一のMelのインタビューで、考察してみます。
あくまでも、Melのお言葉が正しければ、ですよ。
無いとは言えないでしょうが、非常に低いですよね?サウンド面でも。
それとも、あのテリー・ナイトが、『Dec.23 '72
』に没収してしまったんでしょうか?
それで、その後に4の写真のJazz
Bassが登場するのかもしれませんね!?
うん、そうかも知れない。
さて、次に'73〜'75のPopular
Quartet期について検証してみましょう。
Natural Finish
ネックが通常のものより、細めに見えるので、ひょっとしたらリシェイプしているかもしれませんね。
それと関係ないかもしれませんが、ビデオで見る限りでは、オリジナルのカラーを剥いだ感じに見えるので、俗に言う『ハギ・ナチュ』かも?
確かに、'63以降の特徴は見て取れますが、限定出来る根拠がありません。
先のインタビューで、Melが『'64のPRECISION
Bassを持っていた。』と言っているだけで、あれが、そうだとは言っていないからね。そして、リユニオン時のほんの初期に、SunburstのPRECISION
Bassをプレイしている写真も出てきますから、それが秘蔵の'64かもね?
みんなで、より完璧な検証にしましょうよ!!
当サイト5台目のWESTとなります。奇跡的なミント状態です。
Good Sound was sounded in Japan.
I am very glad.
しかし日本では中々入手が困難で、長年探しておりましたが、やっと入手致しました。
I'll carefully keep in future.
Mel said,「I had a little Magic Box.」
Fender JAZZBASS
with
Gibson Humbucker,
HEATHKIT FUZZ PEDAL
&
WEST Amplifier !!
Thank you Jeff Schluz !!
考えてみれば凄いお宝ですよねこれって! 恐るべし USA 。
- I'll carefully keep in future. -
「世界最高に良い音がするアンプ」と言い張る eiji
の主張(?)を見事に証明する最高のサウンドです。
これにJBL15インチスピーカーをつないぢゃう場合、シールドだけで、メッセンジャーならGFR、ストラトならSRVのアノ音が出ちゃいます。(ちなみにムスタングつなぐと、1stのSmokyのアノ音がします。)
ズ太く、スクリーミングに歪みますのでWESTよりも“安心、簡単”に、あのディストーションベースサウンドが得られたりします。
小さくて軽くて持ち運びもエフェクターボード並みに便利だし、何をつないでも、どんなセッティングでも、シールドだけで、最高に良い音、「記憶の中の銘盤のアノ音」が出るし、これを設計したレオフェンダー伯はほんっとうに凄いです。
真空管も全てヴィンテージのままで最高のコンディションで。。。。い〜なぁ。
良い音していましが、この度念願の
WEST導入にともない退役となるそうです。
Chang
氏の狙っている音は初期の音ですので、なかなか苦労しておりました。
WESTが傾いて見えるのは私だけでしょうか。
Changさん、あまりの重さに床へこんじゃいましたか?
Melの独り言
GrandFunkManiacのバンドマスターであるS氏より当バンドの誇る超強力ベーシストChangにある日「1970年当時Melの使用していたFender
JAZZBASEと同じものが欲しいので詳細を400字詰め原稿用紙3枚にまとめなさい」とメールが入りました。
なんか、meltdown状態の暴走機関車が、神奈川方面から火の粉を散らしながら、曝走して来てるんですけど。 さて、まず、Fenderの年代を見分ける目安として、ネック、ピック・アップ、ボディー、ボディーの塗装、のDateing,があります。 ここでは、後者で検証していきましょう。 では、資料として、プレイ・ボーイTV(注1)出演時のメルを見てみましょう。 とにかく、バラして、Dateingを見れば1番いいのですが、外見で判断するしかないので、あくまで、・・・・だろう。としかいえませんが。 その後、'67年から順巻の3つ山のクルーソンが再び使われることになる。 ここで『出荷』としたのは、(ここからが本題)各々のパーツのプロダクツ・ラインのズレがあることを言いたい訳です。 購入する際に、例えば、『トラスロッドはちゃんと稼動しますか?』なんて言ってみて、良心的なお店なら、ネックをはずして調節してみてくれたりするんで、その時にネック・ポケットやネックの裏を見せてもらって、ちゃんとDateingも見せてもらったほうがいいですよ。 でも、もしかして、それもフロント・PUをハムバッキングに換えちゃおうなんて考えてますよね、きっと。 それじゃあ! (注1 )アメリカのマニアの間で、取引されている1970年にTV出演したときの映像。口パクではあるがリムジンドライバーとプリーズドントウォーリーを演奏している。非常にきれいな映像で若々しい彼らと使用している楽器を鮮明な映像で見ることが出来る。残念ながらWESTアンプは写っていない。
タイトル:メルのベース。 仮説1 もし'66年製なら、'51年生まれのメルが15歳で買った事になりますもんね。 仮説2 で、あのベースはテリーナイトに買ってもらったんじゃなかろうか? 仮説3 で、後に、テリーナイトと訴訟になってケンカした時にメルは使うのをやめたのでは。 仮説4 で、そのジャズベース、もしかしたら、ケチなテリーナイトに『返せ』って言われて、もうメルの手元に無かったりして。 仮説5 で、そのジャズべのフロントピックアップが
'71年頃からハムバッキングになるワケだけど、時代背景的にそのPUはFenderのテレキャスターベースのモノではなかろうか。 仮説6 ジャズべのPUは“2個で一対”だから、1個だけ替えちゃダメなのに、なんでPUをハムバッキングにしたか? 仮説7 で、後にプレシジョンベースに持ち替えるんだけど。 仮説8 が、LIVE ビデオでは、ご存知
ブルーメタリック&ミラーガードに変貌しております。 仮説9 なぜ、塗り替えたか。これは簡単。 仮説10 で、あのブルーメタはバイク用の塗料に違いない。 仮説11 で、その後、Gibsonとエンドース契約して・・・仮説です。 誰か答えて。 じゃ。
このページを見たChangから「緊急レポート!!」と題してメールが送られてきました。 どうも、もっと奥が深いようです。続きをご覧ください。 ウワ〜〜〜。なんてこった!! ホームページを初めて拝見いたしましたら、とんでもないデタラメな私のレポートが掲載されちゃいましたね。 この考察の後、リットーミュージックムックから、『Fender BASS Book』なるものが出版され、私と、Eijiの間では、'69年のモデルではないかということになっているのですが、詳しい考察は、また後日改めてということで。 とりあえず、あのレポートに関しては、『メル本人が、'66年製である』と言っているのを踏まえた上の『こじつけ』であると、但書きが欲しいな。 『こじつけ』である以上、あの文中の年数のいたるところに誤差がありますよ。 まず、CBSロゴになって、『JAZZ BASS』の部分が大きくなるのは、'69年と判明いたしました。 だから、あのベースの出荷は、'69年以降ということになり、メルは、GFRのデビュー時には、もうあのベースを使っていたから、納品されたばかりのものを新品で購入したのでしょう。 仮に、'66年のもので、店頭で何らかの問題が生じ、返品となり、ファクトリーリフィニッシュをして、ヘッドロゴがCBSロゴになって再度店頭にってことがあったのかどうか? もしくは、'66年に、メルがGFR加入以前に購入して、一生懸命練習してネックがボロボロになり、Fenderに送って、リフィニッシュしてもらったら、CBSロゴになって戻って来たとか? 要は、メルが、1. ボディ、2. ネック、3. ピックアップ、のどの部分のディティングで '66年と主張しているのか?であると思います。 あの当時、Fender社の製造過程で、どの程度部品の在庫を寝かせていたのか? 各々の製造年月日のずれは、あたりまえのようにあったから、その内のどれかで、判断したんだということなんでしょうね。 もっと分からなくなる情報として、当時のFender製品は、楽器屋の店頭で、例えば、『このギターのボディに、あのギターのネックを付けて欲しい。』と頼めばやってもらえたらしい。 だから、あのベースに関してもそんなことが無かったとも言い切れないよね。 『この'66年のボディにあの'69年のネックを付けて売って欲しい。』と。 それは、メルが購入する前に誰かがやったことかも知れないしね。 ヘッド裏のストラップピンも謎の1つ。 '69年から、無くなるんだけど、メルのベースには、ついてるんだよね。 だから、以前のレポートが、'68年かも?ということにもなったんだけど。 各々の変更日時が、完璧に分かれば良いのだけど、結局は、何年からどこがどうしたといっても、ズレがあるみたいではっきりしないみたいですね。 結果、『メルと同じモデルが欲しい!』ってことになったら、'69年製と言われているものを購入し、ネック裏にストラップピンを追加するのがベストでしょう。 ひょっとして、'69年の初期ならついてるかもしれないし。 が、しかし、その'69年製がどのディティングで特定されるのか?どなたか教えて下さい。前述の1, 2, 3, のどれもが'69年なら完璧ですが....。 ちなみに、'73年位まで、見た目は同じですが、'71年位から、リアピックアップの位置が、ブリッジ側に少し移動しますから、音的には、違うものになります。 だから、購入するなら、1歩譲って、'69年〜'70年ってとこですかね? 詳しい考察は後日ってことにしましたが、こんなもんでどうでしょう? がしかし、メルが『'66年』と言ってるんなら、'66年なんですよ! 恐るべし日本誇るのメル・シャッカー研究家の2人です。 |
GFR探訪の旅 in London
皆様、遅ればせながら、明けましておめでとうございます。 7日夜、成田に降り立ち、深夜、無事帰宅いたしました。 8日朝、荷物が届き、荷解きし、片付けを終え、しばしボーっとし、また雑事に追われ、ふと、また仕事に明け暮れるのだなあと、我に返りつつ、夢のように過ぎ去ったLondonでの日を思い起こそうと、iMacに向かっている自分が、今、日本に居るのだなぁ。 30日にLondon入りし、31日、1日、とある程度予定を消化し、いよいよ、あの『LIVE THE 1971 TOUR』のジャケット写真のHyde Parkへ。 まず、あの『Royal Albert Hall』を見て、その向かいが、Hyde Parkと続くKensington Gardenで、Bob Gerdoff似のお兄ちゃんに、『この公園のどこで、コンサートを演ったのか、若い頃のRolling Stonesとか、私知りたい?』と尋ねたら、『あっちの角の方だけど、ヒュー、スゲエ遠いぜ!』(良い人でした。ニコニコと笑顔で答えてくれました。) なーんて言われちゃって、まあ、とりあえず歩いてみるか?とタカを括ってたら結構疲れた。 後でガイドブックを見たら、そこから5分位の所に、バス停があって、そこからMarble Archって地下鉄の駅で降りると、ちょうど、コンサートを演った『Speakers Corner』って所の真裏に行けるんだけど。 で、夕刻迫る中、公園を突っ切って歩いていたら、雨が振り出してきたりで、とりあえず、だだっ広い場所にやってきました。 この辺だろうな〜〜、なんてビデオを撮ったりしていたら、犬の散歩中の男性が歩いてて、こいつがまた、由緒正しき出であろう英国紳士の身なりで、(なにやらバーバリーかアクアスキュータムと思しきレインコートに、高そうな雨避帽子と、アウトドアな誂えた靴を履き、ビーグル犬を散歩させている。)多分、俺と同年代なんだろうな?とふんで、声をかけてみた。 『すいません、旦那様。貴方知ってますか?ハイドパークでコンサートする場所。若い頃のストーンズが演った所です。』 『ああ、あそこの「Speakers Corner」だよ。私はあれを見たんだよ。』(不良貴族を気取った風に) 『えっ、あれを見たんですか?それはスゴイですね!!』(あなどれない) 『じゃあ、GFRは知ってますか?』 『ああ、もう20何年も前にレコードを持ってて聴いてたよ。』 『ああ、そうですか!!』 『じゃあ、GFRもあそこで演ったんですか?』 『そうだよ、でも私は見てないけどね。あれは、確か?...。』 『'71年、1971年ですよ。』 『そう、その頃だったね。随分昔の話だね。....。』 [Bow Wow !! Bow Wow!!]『あっ、ありがとうございました!!』 『いや、良いんだよ。』 こんな会話が、夕暮れの雨のHyde Parkで交わされました。 そして現在、その『Speakers
Corner』では、『STAR TRECK SHOW』が開催されていました。 後日、とりあえずTower Record
やHMV,Virgin
Record等チェックしましたが、GFR関係は、多い所で6枚、Virginに到っては1枚のみの在庫で、しかもUK盤は1枚しかお目にかかれませんでした。 『Sticky Fingers』という、元ストーンズのBill Wymanのお店に行った時に、お店のお兄ちゃんに中古レコード屋とか、古本屋とかの場所を聞こうと思っていたんですが、すっかり忘れてしまい、チェック出来ず終いです。残念。 楽器屋に至っては、日本の品揃えがやはり最高ですね。 £1も¥200位の感覚で、どんな物でも、日本より若干高めですね。 つい、買い控えしちゃう感じです。 Macari'sも行ってみましたが、ごく普通の楽器屋で、3人店員が居たけど、誰がAnthonyか分かりませんでした。英語が通じなくて、落ち込んでいた時だったんで、下手に何か言って、何かされても嫌だし、何にも言えずに店を出て来ました。 で、その界隈は、楽器屋が点在していて、言わば、日本のお茶の水の明大から駅寄りって感じですね。 1軒だけわりと良い品揃えの店があって、そこのトルシェ似のお兄ちゃんに『良いの揃えてんね。』って言ったら、『あぁ、当たり前だろ。何か買ってけよ。』みたいな言われ方、だったんで、『いや、見ーてーるーだーけ〜〜〜。』って帰って来ちゃった。 きっと、良いものとかは店の奥にしまってあるんだろうけどね。 本当に買うつもりで商談してって、実はこんなのもあるんだよ。 みたいな感じなんでしょうね。 ただ、コンディションとか、年代とかから考えると、日本で売ってるのより高いし、(税金は14%位戻って来るらしいから、同じ位かも知れないが。)日本で、沢山の在庫をチェックして、その中から選んで買った方が、まだ、良いものを、多少安く買えるかも知れないなあと。 「あ〜〜、やっぱり我が家が1番。」じゃないけど、日本は良い。 Americaは、もっと良いんだろうね。 準備不足から、Deepな体験は出来なかったけど、我々のようなマニアが居るんだろうか? 誰か次に行く方が、地元っ子に声をかけてみて下さい。 寒い所が苦手な私には、身体にも、ハートにも、ちょっと辛い街でしたね。 Londonは寒かったよ〜〜〜〜〜。 2003年1月8日 |
楽しかった日々です。Changさん友情はかわりませんよ。 by Donichi |